清らかな天使の歌声は、人の心を魅了する。
それは深く心に染み入って、愛という泉が溢れ出す様に、
聴く者のハートを満たしていった……















爽やかな風と甘い薔薇の香りに乗って、
アレンの美しい歌声が庭園に響きわたる。


彼の歌声は一部の天使たちの間では有名なものだった。
まるで全ての迷いや邪念を洗い流してくれる。


聞いているだけで心が安らかになる歌声……







その傍らでは瞳を閉じたまま、静かに歌声に耳を傾けるユウの姿があった。


彼がこうして特定の誰かを傍に置く事は珍しい。
というより、彼に近づいて長時間傍に居れることの方が
難しいと言っていいのかもしれない。


だが、アレンがこうしてユウの傍にいることは、
既にこの城の中では常識になりつつあった。





天使仲間では異端視されていたユウだったが、
この城では主の如く丁重に扱われている。
その彼が部外者であるアレンをいつも手元に置いているのだから、
誰も文句を言えるはずもない。



まだ年端も行かないユウが聖剣を護っているのも不思議だったが、
そんな彼が城の主というのも不可思議な事実だった。


それは彼が聖剣を護っていることで
ユウたち一族が神の加護を受けられているからに他ならなかった。

             
はばか
公では口にすることすら憚られているが、
             
サタン
この城の一族は、あの堕天使ルシフェルを生み出した一族の末裔だった。
漆黒の髪に黒い瞳。
それは俗称『黒の一族』の徴とされ、強い力を持った者の証。



だが、力とは時に幸せを打ち砕く刃ともなり得る……



その昔、ルシフェルはその強大な力ゆえ、己の力を過信し神に逆らった。
自分の力は神にも勝る。
そんな愚かな考えと、あるひとつのきっかけが彼を地獄に貶めたと言われている。
ルシフェルが天界で引き起こした戦いは、黒の一族を巻き込んだ壮絶なものだったという。
その際、多くの同胞は戦いに敗れ、
彼と共にこの天界を追われてしまった。


今となってはそのきっかけすら口にされることはないが、
以来、彼ら一族が危険な異端分子として扱われてきた事は事実だった。





地獄で魔剣として保護されているマールスの剣と
ここにあるファントムソードは、もともと双子剣として大昔からこの城にあったものだった。
だがルシフェルが天界を追われる際、その片割を持出してしまったのだ。


剣の威力は恐ろしく強大で、一振りで大陸をも崩壊させてしまうという。
そして剣は、それを遣う者に力を与える代わりに、其の命を吸い取る。
要は強い魂を代価に、膨大な力を提供するというわけだ。


万が一戦いが勃発し、誰かが剣を振るうとしたら、
その者は剣に命を与える覚悟で使わなくてはいけない。


この穏やかな天界で、誰が好き好んでそんな役割を引き受けるというのだろう。


それは強い力を持ちながらも、危険な誓約を引き受けられる彼ら一族しかいなかった。
一族が神の咎を受けずに、この天界で穏やかに暮らせる条件。
それがこの聖剣を護ることだった。


ユウは、云わば一族を代表し、
命に枷をされてしまった人身御供だった……


















「……ユウ……眠いの……?」



自分の歌を聞きながら、静かに瞳を閉じたままの恋人を
いたわる様にアレンが声をかける。



「いや、お前の声があまりに心地いいから……つい……な……」
「……ふふ……けど僕、キミの寝顔好きですよ。
 なんならこのまま、子守唄でも唄いましょうか?」



少しからかう様な視線でユウを覗き込むアレンを、
ムッとした表情で見つめ返す。



「お前、いつも俺の寝顔なんて見てんのか?」
「いいえ、いつもってわけじゃないですよ。
 けど僕がこうして歌を唄うと、キミはそうやって気持ち良さそうにしてくれるから。
 だからつい嬉しくなっちゃうんです……
 キミが僕に居場所を提供してくれてるような気がして」



そう嬉しそうに微笑まれると、ユウもそれ以上怒ることはできない。
ちいさな溜息をつくと、照れ隠しなのか、だまってその腕にアレンを抱き寄せた。



「……ユウ……?」
「お前は……不思議な奴だな。
 俺は今まで誰とも関わりになりたくなかったんだ。
 どうせいつかは離れ離れになっちまうんだって、心のどっかで諦めてた。
 それが、だれかとこうして穏やかな気持ちでいられるなんて……
 未だに信じられねぇ……」
「僕が……はじめて……ですか?
 他にはこうして一緒にいたいと思った人は……いなかったの?」



アレンは切なそうな声を出して、抱き寄せせられた身体に腕を回す。
ユウがいくら変わり者として敬遠されていたとしても、彼のこの美貌と魅力だ。
今まで言い寄られなかったはずがない。
たまたま自分がしつこく通い詰めて、彼と今の関係になれたとして、
それ以前にユウに恋人がいなかったとは言い切れない。


自分に会う以前のユウの過去など、アレンは知りもしなかった。
あまり多くを語らない彼だから、その不安は尚更アレンの中で膨らんでいた。






アレンの問いかけに彼は何かを考え込むように沈黙を保っていた。
そんなユウに詰め寄るように、アレンの口調がきつくなる。



「ねぇ、本当に僕だけなの? ……ねぇったら……!」



しばし黙りこんでいたユウは、ゆっくりとその重い口を開く。
それはアレンにとって、嬉しいような哀しいような、何ともいえない返事だった。



「……今は……お前だけだよ。
 ただ、随分前に一人だけいたかな?
 こうして抱き合いたいとまでは思わなかったが、
 友として同じ時を過ごしたいと、痛みを共有できる奴だと思っていた奴が」
「……それって……どういう意味ですか?」



友達として……?


アレンにユウの全てを束縛する権利はない。
そう思っていても、自分以外のだれかがユウの心を占領していたことを考えると、
アレンの心が重く軋みをあげた。



「……誰……? 誰ですか……それ……?」



アレンの中に仄かな嫉妬心が芽生えだす。



一緒に同じ時を過ごしたかった?  誰か、他の人と?



アレンの心中など知りもしないユウは、
問いかけられたままに、その人物について語りだす。



「そうだな。 昔からの幼馴染で親友だった奴だ。
 強い精神力と力を持ちながら、それをひけらかす事も表に出すこともしない。
 他の奴らに嫌われていても、それを気にもしていなかった。
 城にいる事の多い俺に比べて、あいつはいつも何処かを飛び廻っていて……
 それでも昔は良くここに来て、話をしたんだがな。
 今じゃ何処に居るのかも、わかりゃしない……」
「じゃあ、今も何処かにいるんですね……その人……」
「ああ……多分な……」



アレンはユウを抱きしめる腕に力を込めた。
愛しい人が初めて語った、自分以外の親しい誰か。
その存在がアレンの心を掻き乱していた。



「……その人って、どんな人? 名前とか……知りたいな……」
「……ん……?
 そんなの知ってどうするんだ?
 まぁ、奴は変わりモンだから、何処かで会うかもしれないしな。
 俺と同じ黒い髪をしていて、肌はどちらかというと褐色に近い。
 ティキという名の変わった奴だ……」
「……ティキ……
 ティキって……あの……ティキぃ?!」



アレンは思わず大声を上げた。
それもそのはず、偶然にもその相手をアレンが良く知っていたからだ。
 






いつの頃からだったろうか。
アレンたちの城の近くに、ティキという天使が居つくようになったのは。






彼は他の天使たちと少し毛並みが違っていて、
周りの目と言う物をあまり気にしない風体だった。


褐色の肌に凛々しい顔立ち。
会話はいつも率なくて、人と接するセンスは群を抜いている。
どこの世界も不詳の輩に興味を持つ者はいるもので、
彼の周りにはいつも人が絶えなかった。
綺麗な美女を何人もはべらせ、楽しそうに笑う。
それがアレンの彼に対するイメージ。





アレンも別に彼が好きなわけではなかったが、
何故か話す機会が多くあった。
仕事帰りに彼の元を訪れては他愛無い会話で、
その日の退屈を紛らわせたことが何度かある。


ティキの方はアレンが訪れると殊更嬉しそうにし、
とり巻きの連中をそっちのけで、アレンに興味を示していた。


一時期はそれに少しばかり優越感を感じたこともあったが、
最近ではユウのこともあって、すっかり彼の元を訪れる事はなくなっていた。





あのティキとユウが親友?
ユウが共に居たいと思った相手が彼……?



「ティキとユウが親友だなんて……全然違うじゃないですかっ!
 その……雰囲気も、態度も、何もかもっ!」
「お前、あいつを知ってるのか?」
「……えぇ、まぁ……」
「そうか……じゃあ、奴は元気でやってるってことだな……」



元気でいるならそれでいい。
例え彼が自分の元へやって来なかろうと、それはそれで構わない。
二人の間に、目に見えない信頼感があるように感じた。





ユウの彼を心配していたような口ぶりに、
アレンの中の何かがぴきりと音を立ててひび割れる。
今まで他人に対して、こんな醜い感情を抱いたことはなかった。
自分でも押さえきれない気持ちに、アレンは思わず声を荒げた。



「元気も元気 いつも美女をはべらせて好き勝手してますよ!
 あんな奴のこと、キミが気にするなんて変です!
 キミと彼じゃ月とスッポン、それこそ違いすぎます!」
「お前が……なんでそこまでアイツを否定するんだ? 」



怪訝そうな表情をするユウに、アレンは泣きそうな顔ですがりついた。



「……やです。
 僕以外の誰かがキミの心の中にいるなんて……許せません。
 それが友人であれ誰であれ、僕は……イヤなんですっ……」
「……アレン……?」



目の前にある唇に、アレンは噛み付くように口付ける。
愛しい唇が、自分以外の名前を呼ぶことが、こんなにも口惜しい。
醜いほどの執着を見せる自分を、ユウはきっと鬱陶しいと思うだろう。
それでも構わなかった。
ユウの心の中を自分でいっぱいにしたい。
自分だけで……満たしたい……



「ユウ……お願い……僕を……抱いてください……」
「な……何を言ってる?
 自分が言っている意味がわかってるのか?」
「……わかってます……
 こんな気持ち初めてなんです。
 キミのことが愛しくて……愛しくてたまらない……
 けど、その反対に、とっても不安なんです。
 だから、僕の全てをキミに捧げたい……
 そしてキミの全てを僕のものにしたいんです」



ユウの胸に必死でしがみ付くその様に、アレンの本気が見て取れる。


ユウとて今までそうしたくなかった訳ではない。
むしろ本能のままアレンを抱いてしまいたいと、幾度となく思っていた。
そんな気持ちを必死で抑えていたというのに、
目の前の小鳥はそれを容易く打ち砕いてしまう。



「ホントに……いいのか……?」
「ええ……お願いです……
 僕を……キミのものにして……」



いつの間にかアレンが放つ妖しい芳香に、ユウは理性を失っていた。
そしてその小さな白い身体を己の下に組み敷いて、
全てを覆い隠すように、その翼で視界を塞いだのだった。





                              






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※注 この先は裏部屋になります。
                                   性描写が苦手な方はご遠慮下さいませ。

                 













≪あとがき≫

オフ活動が忙しく、更新が滞ってしまい申し訳ございませんm(_ _ ;)m
ここから話は後半に突入します。
ようやく想いが通じ合ったというのに、アレンに嫉妬の嵐が吹き荒れる!
お次は18禁の裏部屋となります。
性描写が苦手な方は回れ〜右!(^^;)
(近日中にUP致しますので少々お待ち下さいねv)

この後、第9話から、話はどんどん進展してまいります。
ぼちぼちと更新してまいりますので、皆様、
楽しみにお待ちになっていてくださいませ〜〜m(_ _ ;)m






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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.7